ドラマ「シャワーGirl!」 - アイドルの虚像と実像をめぐる物語

(2008-02-11エントリーの再録)

テレビ朝日で2007-12-15 25:00〜に放送された単発の1時間ドラマ。録画しておいたものを、ようやく見た。
P&Gドラマスペシャルという商品宣伝もの(具体的にはハーバルエッセンス)。主演はグラビアアイドルの杏さゆりと、まだ無名?の濱田岳
そう聞くとあまり期待できないところだが、いやいやどうして、まれに見る良作だった。
おそらくDVD化されることもなく、再放送もあまり期待できないので、ネタバレを気にせずストーリーを紹介してみようと思う。
濱田岳演じる修一は売れないイラストレーター(萌え系)。その一人暮らしの部屋に転がり込んできたのが、杏さゆり演じる千佳子。
ハードロック系ファッションを身にまとう千佳子は、実は修一が大ファンの国民的アイドル・ミーポンだったのだ。

  • 修一の前では、暴言を飛ばし暴力をふるう、超わがまま女。
  • テレビの前では、「めっちゃホリディ」を歌ってた頃の松浦亜弥を連想させる、国民的アイドル・ミーポン。

そんな両極端の二面性を持つ彼女が、オタク主人公を成長させていく物語。そして、アイドルの虚像と実像をめぐる物語。
ある日、千佳子は、自分がアイドル・ミーポンであることを明かさないままに、修一の部屋に勝手に居着く。
「本当は萌えイラストなんて描きたくない」「こんな絵は誰が描いても同じ」……そして、自分が本当に描きたいという絵について理屈っぽくしゃべり立てる修一に対し、千佳子は言う。

うざい。それは、センスの押し売りっていうんだよ! 何が本当の絵だよ! 「僕の描きたい絵」だよ! 誰もてめえの絵なんかに興味ねえんだよ! オナニーだよ! オナニー! 自分のことしか考えてねえんだよ! この自分好きなオナニー野郎! オナニーしすぎで死ね!
(プロは)自分じゃなくて、まず客が喜ぶことしか考えてねえんだよ! それがプロの仕事じゃねえのかよ!
(ふさぎこむ修一を見て)オナニー野郎の、ナイーブな、えせアーティスト心を傷つけちゃった?

修一にとっては図星だった。

わかってたんです。自分が本当に描きたい絵じゃないって思うのも、アイドルをバカにするのも、ぜんぶ認められない自分への言い訳だったんです。ただ、僕はそれを認めたくなかっただけなんです。

このシーンのポイントは、しくしくと泣き出す修一に対して見せる千佳子の表情。少し視線を落とし、一瞬、同情のような顔を見せるのだが、これは後の伏線になっている。実は彼女自身も、本当の自分とは正反対のキャラを演じるアイドルという仕事に、不満を持っていたからだ。
その後、千佳子は、修一にイラストの仕事を手当たり次第に持ってくるようになる。毎晩遅くまで修一に付き添い、朝には出て行く千佳子。半ば強引に大量の仕事を課されているうちに、修一は生活に充実感を覚えていく。
そして、修一は、千佳子がミーポンであることを知る。
年齢詐称、暴力、暴言、飲酒、喫煙。ミーポンのパブリックイメージとかけ離れた千佳子の姿を見て、修一は言う。

全国百万人のミーポンファンがね、この姿を見たら、本当にショックを受けると思いますよ!

千佳子の答えはこうだ。

その百万人のファンのうち、本当に私のこと好きなヤツって一人もいねえんだよ! アイドルなんて所詮、作られた虚像なんだよ! 自分の勝手な理想を押しつけてくるわけよ。それってさ、けっきょく現実逃避してるだけなんだよ!
まあ、だからさ。私は、こうあって欲しいっていうミーポンを演じるまでよ。

ある日、千佳子は倒れてしまう。しかし、「無理をするのは当然なんだよ」と、体調が悪いまま現場におもむいて仕事をこなしていく。プロとして完璧な仕事をする彼女を目にした修一は、自分の甘さに気づくことになる。
千佳子は修一宅に戻ることなく、入院先の病院から仕事に通うようになった。そんな中、千佳子のマネージャーから修一は告げられる。

ミホ(ミーポン)があなたに近づいた理由も分からなくもない。アイドルは自分の意志を持たず、操られることを見せる仕事だから、そのストレスで、あなたみたいに、自分から発信してるように見える仕事をしている人間が気になったのかもしれない。
あんな性格の女が、いい歳して、あんな服着て、あんなアホみたいな歌、まともな神経で歌えるわけないでしょ? 何度、反抗されて、逃げられたか分かりませんよ。
ここ最近ですよ、吹っ切って、腹くくって、プロの職業アイドルになってくれたのは。何があったかしれませんけど。
いずれせよ、女のアイドルなんて、寿命の短い使い捨ての商品なんですよ。あの路線で売るのは、あと二年が限界かなあ。

入院していた千佳子が、再び修一の部屋に戻ってくる。プロのイラストレーターとして成長していた修一に、千佳子は「ご褒美として、私のこと描いてもいいよ」と、どこか寂しげな表情を見せながら言う。
ここで僕は、修一がミーポンではなく千佳子の本当の姿を描くことによって、二人の気持ちが相通じていくものと予想した。しかし、そんなお安いストーリーではなかった。
修一は、目の前にいる千佳子を見ながら、アイドル・ミーポンの絵を描いたのだ。
千佳子は、ふっと失笑して「こっちか」と戸惑いながら、その絵を持って部屋を出ていってしまう。
部屋に一人残された修一は、そこで思い出す。修一と千佳子が出会うことになったきっかけを。

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それは、ラーメン屋での出来事だった。千佳子と修一は、たまたま客として居合わせていた。
店内にミーポンのアイドル楽曲「100%やっちゃうぞ!」が流れてくる。千佳子は顔をしかめた。マネージャーに「こんな歌を歌えるか!」と不平を漏らした曲だった。
代わりに自分が書いてきた歌詞をマネージャーに見せた。自分で作詞して歌いたい……そんな彼女の希望を、マネージャーは「おまえはアーティストじゃない。アイドルなんだよ!」と一蹴した。
一方、修一は同じ店内で酒に酔いつぶれていた。ミーポンの「100%やっちゃうぞ!」を口ずさんでいる。テーブルの上にはスケッチブック。ミーポンのイラストが描かれていた。悪態をつきながらも、「ミーポンの言うとおり、100%やっちゃうぞ! やるぞ! 僕はやるぞ!」と意気込んでいる。
千佳子は気づく。自分がくだらないと思っていた歌が、人を励ましていることを。

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修一は、部屋を飛び出した。出て行った彼女の姿を求めて、そのラーメン屋へと走る。

彼女は作られた虚像なんかじゃなくて、人間として僕の目の前に現れたんだ。

しかし、奇跡は起こらなかった。修一は千佳子に会うことはできなかったのだ。
先ほどの千佳子の絵を描く場面。そして、後を追いかける場面。二度のチャンスがありながら、このドラマは決して、アイドルとファンを交わらせない。アイドルとファンの、超えられない壁。
ラスト。
ミーポンの写真集発売サイン会に、修一は現れる。修一の前でも、アイドル・ミーポンのキャラに徹する千佳子。修一は、写真集ではなく、スケッチブックを彼女に手渡す。
そこに描かれていたのは、あの日描かなかった、千佳子のスケッチであった。派手なファッションを身にまとい、大好物の焼きプリンを手にして、いま食べようかという、千佳子のありのままの姿。
千佳子は渡されたスケッチブックに、サインではなく「へたくそ!!」と書く。それは、アイドル・ミーポンとしてではなく、本当の自分・千佳子としての一言だったのだろう。
アイドルとしての苦悩、オタクとしての苦悩、それぞれを嫌み無く描ききった傑作ドラマだった。正味45分の濃密なストーリー。連続ドラマでも十分にいけると思うぐらいだ。
また、演技が良かった。以前にドラマ「ミステリー民俗学者 八雲樹」で見たときに、杏さゆりの演技にはあまり良い印象を抱いていなかったのだが、このドラマでは良かった。濱田岳は、オタク役でありながら嫌悪感を与えない好演技だったと思う。
「アイドル=虚像」というテーマについては、個人的にはデフォルトな考え方。中学生だか高校生の頃に↓の本を読んで、僕の脳内に刷り込まれている。

1989年に単行本が刊行された時の帯の文句は「アイドルは、虚構だから美しい」。名著なので、興味ある方は是非。
ドラマの中で、売れない自己中イラストレーターはプロとして成長していった。一方、アイドルは消費されて捨てられていく運命を背負う。アイドルであり続けることを選んだ千佳子は、その後、どうなるのだろうか。願わくば、幸せな人生を……